眼鏡に萌えちゃう私が、日常をまったりと、時には熱くお伝えするブログです(-^〇^-)
現在は徒然なるままに書いてますが、徐々に同人系サイトにしていきたいと考えてます。
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姫咲 おとぎ
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(キザキ オトギ)
出身>東京
好きなもの>メガネ 絵(下手の横好き)、写真、音楽
嫌いなもの>虫、怖いもの、しゃりしゃりした食べ物
未熟者ですがお願いしますhttp://www.pixiv.net/member.php?id=1137577
出身>東京
好きなもの>メガネ 絵(下手の横好き)、写真、音楽
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皆さん、こんばんわ。
今日は同人サークル「さんだーぼると」様による、
自由の意味を問うアドベンチャーゲーム、「ラスト・ピュリファイ」を
プレイした感想を述べようかと思います。
公式さいとはこちらから↓↓

以下、ネタバレも少々含みますのでご注意ください。
まず何と言っても、上谷真綾さんの美麗なイラストが素晴らしすぎます!
フリーソフトでこのクォリティは素晴らしすぎます!
お恥ずかしながら私も、絵がキレイだからなんて理由で始めました。
ストーリーなど内容のほうですが、展開的にはやはり王道といいますか型にはまっているといいますか……
斬新で独創的というわけではありませんでした。しかしそれも批判するようなものではありませんでしたし、考えさせられる場面も多々ありました。
それでは本題の感想(?)は続きからどうぞ。
今日は同人サークル「さんだーぼると」様による、
自由の意味を問うアドベンチャーゲーム、「ラスト・ピュリファイ」を
プレイした感想を述べようかと思います。
公式さいとはこちらから↓↓

以下、ネタバレも少々含みますのでご注意ください。
まず何と言っても、上谷真綾さんの美麗なイラストが素晴らしすぎます!
フリーソフトでこのクォリティは素晴らしすぎます!
お恥ずかしながら私も、絵がキレイだからなんて理由で始めました。
ストーリーなど内容のほうですが、展開的にはやはり王道といいますか型にはまっているといいますか……
斬新で独創的というわけではありませんでした。しかしそれも批判するようなものではありませんでしたし、考えさせられる場面も多々ありました。
それでは本題の感想(?)は続きからどうぞ。
…私たちは普段人間として生活しています。
人間であるための定義。
生きていく中で接する様々な文化。
生きていることによって、人間であることによって必ず生じる感情。
普通に暮らしているだけならば、それらに対して疑問を抱くことはそんなに頻繁にはないでしょう。
しかし、想像してみてください。
文化のない世界を。
私たちが感情をもたなくなった世界を。
この作品では、そのような世界が描かれます。
人が歴史を刻んでいく中で育まれていった文化。
愛や喜び、怒りや苦しみなどの感情。
それらが私たち人間から奪われてしまったら、私たちは人間として生きていけるのでしょうか。
もちろん、このゲームのように生命活動は続けられるでしょう。
しかし文化も無い、感情も無い。それは人間なのでしょうか。
そんなの人間じゃない。動物ですらない。
作中の言葉をつかうのなら、それは
コンピュータだ。
ロボットだ。
宗教や民族などの文化。怒りや妬み、独占欲などの感情は争いを産むきっかけになってしまう可能性もあります。
作中の「世界倫理機関」なる組織はそれを危惧し文化や感情を廃絶してしまいます。
確かに、感情や文化はそういった負の要素を持っていますが、だからといって拒絶し、禁忌とし、切り捨てていっていいものなのでしょうか。
いいはずがありません。
人はそれらに寄り添い、時には縛られながら幸福を、自由を追求していく権利と義務があるのではないかと思います。
それが「人間である」ということなのではないでしょうか。
――長々と偉そうに書いてしまって申し訳ありません…(>_<)
感想というより、解釈や要約みたいになってしまいました。
お恥ずかしい限りです。
しかし、このように深く考えることができる作品でした。
また、やはりこういう話はグっとくるものがあります。
淳が最後にギターを弾くシーンなんて、私はもう泣いてしまうかと思いましたよ…。個人的には、「Angel Beats!」の岩沢さんが消えてしまうシーンを連想しました。
まだ1週目のため、まだ別エンドを見ていないのですが…
いい作品に出会えたと思っています。
人間であるための定義。
生きていく中で接する様々な文化。
生きていることによって、人間であることによって必ず生じる感情。
普通に暮らしているだけならば、それらに対して疑問を抱くことはそんなに頻繁にはないでしょう。
しかし、想像してみてください。
文化のない世界を。
私たちが感情をもたなくなった世界を。
この作品では、そのような世界が描かれます。
人が歴史を刻んでいく中で育まれていった文化。
愛や喜び、怒りや苦しみなどの感情。
それらが私たち人間から奪われてしまったら、私たちは人間として生きていけるのでしょうか。
もちろん、このゲームのように生命活動は続けられるでしょう。
しかし文化も無い、感情も無い。それは人間なのでしょうか。
そんなの人間じゃない。動物ですらない。
作中の言葉をつかうのなら、それは
コンピュータだ。
ロボットだ。
宗教や民族などの文化。怒りや妬み、独占欲などの感情は争いを産むきっかけになってしまう可能性もあります。
作中の「世界倫理機関」なる組織はそれを危惧し文化や感情を廃絶してしまいます。
確かに、感情や文化はそういった負の要素を持っていますが、だからといって拒絶し、禁忌とし、切り捨てていっていいものなのでしょうか。
いいはずがありません。
人はそれらに寄り添い、時には縛られながら幸福を、自由を追求していく権利と義務があるのではないかと思います。
それが「人間である」ということなのではないでしょうか。
――長々と偉そうに書いてしまって申し訳ありません…(>_<)
感想というより、解釈や要約みたいになってしまいました。
お恥ずかしい限りです。
しかし、このように深く考えることができる作品でした。
また、やはりこういう話はグっとくるものがあります。
淳が最後にギターを弾くシーンなんて、私はもう泣いてしまうかと思いましたよ…。個人的には、「Angel Beats!」の岩沢さんが消えてしまうシーンを連想しました。
まだ1週目のため、まだ別エンドを見ていないのですが…
いい作品に出会えたと思っています。
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